「MEZCAL JOURNAL 2023」発行記念コラム~メスカルと神話 そしてマヤウエル ~著者エドゥアルド・ベラウンサラン

メスカルと神話
そしてマヤウエル (著者の自由な解釈によるMayahuel論)

Eduardo Belaunzarán(エドゥアルド・ベラウンサラン)

暗闇、節制と悲嘆が世界に充満していた。人間は洞窟に住み、植物だけを口にしていた。恐怖と寒さに怯え、動物の餌食になることもあり、冬には餓死することさえあった。笑うことも、大胆に振舞うことも、踊りや歌に興じることもなかった。彼らの魂は支えを欠いていた。

風の神のパテカトル(Petécatl)は、人間に同情し、ツィツィミメ(Tzitzimimeths)という悪魔集団の女王で、星が転化した悪魔に会いに宇宙に向かう決意をした。その悪魔集団は太陽神のトナティウ(Tonatiuh)の不倶戴天の敵であったが、目的は、捕らえていた火の神のシウテクトリ(Xiuhtecuhtli)を人間に与えるために引き渡すように頼むことだった。

イラスト1)トナティウ、太陽神 Ilustración de Tonatiu

パテカトルは、風になってイスタクシウァトル山の頂上に登り、そこで人間の形になった。その姿を人間はケッツァルコアトルと呼んでいた。3日間の断食の後に、星空に向かって行った。夜明けの光が差し、東に太陽が姿を見せ始めた。

ケッツァルコアトルが、宇宙、夜と星の女家長で、太陽の仇敵である老婆ツィツィミメの支配圏に到着するのにどのくらいの時間を要したかは、事情通だけしか知らなかった。

イラスト2)ケッツアルコアトル、風の神 Ilustración de Quetzalcóatl

そこに着いたケッツァルコアトルは、一人の若い娘と出会った。いらずらっぽく抜け目のない黒い瞳をして、長い黒髪をたらし、激しやすく、良い香りのする魅力的な娘だった。瞬殺である。彼女は薄い透明なベールを纏っていて、豊かでしっかりした乳房の上にある棘が刺さった暗い色の乳首が垣間見えた。腰は幅広く丸みを帯びていた。彼女の褐色の肌は、幅が広く厚みのあるしっとりした唇の間から漏れる輝く満面の笑みと対照的だった。手は華奢で、指は長く、爪は尖っていた。脚は滑らかな曲線を描き、見栄えが良かった。

イラスト3)マヤウエル、メトル(マゲイ・アガベ)の女神 Ilustración de Mayahuel

ケッツァルコアトルは視角の中で捉えた女性に一目惚れをした。彼の手は凍ったように冷たくなり、心臓は激しく鼓動をし、言葉はもつれて、身体中に熱いものが流れるのを感じた。

我らの英雄は、口ごもりながら彼女に素性を尋ねた。乙女は筋骨逞しい身体と動揺した表情のケッツァルコアトルを上から下までゆっくりと熟視した。「私はね、人間と一緒に住みに行く順番をここで根気よく待っているの。祖母のイツパパロトル(Itzpapalotl)は今眠っているけれど、出発をいつどのようにするかを決める人よ。私は食べ物、衣類、道具と飲み物を人間に与えるために生まれたの。私は彼らの魂を自分のものにするけれど、代わりに彼らに快楽、願望と希望を与えるわ。私と一緒にいると、人間は、恐怖心を失くして、不倫に走り、恐れずに戦争をし、隣人の妻や他人の夫に強く惹きつけられるわ。様々な障壁を乗り越えて、無責任になり、慎みを投げ捨てて踊り狂い、最後には男たちは私の腕の中で我を忘れてしまうの。私に遠慮がちに接してくれる男には慰めと快楽を与えるけれど、度を越す男は魂が身体を離れるまでは側から離さないわ。私は魂の糧、メトル(metl:アガベ)の神のマヤウエルなのよ。」

数秒間の躊躇いの後で、若い女神は同じ声色で尋ねた。「それで、私の気持ちに火を灯そうとする素敵な神様のあなたは誰なの?」

「僕は風の神のパテカトル。ケッツァルコアトルとも呼ばれている。僕は、生命、光と白色を表すのだよ。知恵、豊穣と知識の神だ。そして兄のテスカトリポカ(Tezcatlipoca)のように全能で偏在し全知の存在だ。僕がここにいるのは、人間に届けるための火の神を渡してもらうように君の祖母に要求するためなのさ。」と答えた。

この上なく魅力的な娘は舌の先をゆっくりと唇に走らせて湿らせた。それからすぐにパテカトルに近づき、耳元で囁いた。「私ね、火の神が捕まっている場所を知っているわ。救い出すことはできるけど、そのためには私を一緒に人間の所に連れて行ってくれないとだめよ。」

愛と欲望と機会に取り憑かれたケッツァルコアトルは迷わなかった。彼女を両腕の中に入れて一緒に連れて行った。

旅の途中で二人は結ばれた。人間が何ヶ月もの間天空で凝視していた彗星のようなものは、二人が後にしていく愛の強さを表したものでしかなかった。二人の旅は幸福が続くのと同じだけ続いた。

約束を守り人間に火を渡した後、マヤウエルとケッツァルコアトルは、風が自由に吹き、気候は快適で穏やかであるウアシャヤカク(Huaxyacac)の谷に定住した。

翌朝、悪魔集団がまた戦いに負けた後に太陽は再び出た。イツパパロトルは、ケッツァルコアトルとマヤウエルが地球へ向かう途中で天空に残していった愛の軌跡を家から観察した。最初は人間に強い衝撃を与える彗星だと信じて喜んだ。しかしそれが人間の所に向かうために無断で自分から逃げていた孫娘のマヤウエルであると気づいた時、表情は一変し、髪の毛から棘が吹き出し、胸はしぼみ、脚は腕になり、爪は伸び、歯は抜けて、舌は黒くなり、下腹部から蛇が現れ、鼻は悍ましい形に歪んだ。復讐を誓ったのである。

イラスト4)イツパパロトル、夜の鬼 Ilustración de Itzpapalotl

イツパパロトルは、孫娘を見つけ出すように、不変の協力者の月(luna)であるメツトル(Metztl)に命じた。メツトルは地球を400周した後に、瓢箪の丘の上でマヤウエルを見つけた。報告を受けた恐るべき神は、全ての悪魔を結集し地上に降りた。月が孫娘を見つけたと言う場所で、孫娘を容赦無く手に掛けて、食べてしまい骨を周囲にばら撒いた。それから、日の出を阻止すると言う最後の目的を達成するために星の所に戻って行った。

一方、帰宅したケッツァルコアトルは、愛するマヤウエルの無惨な姿にされた遺骸を見つけた。彼はそれを全てまとめて地中に埋めた。愛する女性の亡骸の上に悲嘆の涙をこぼした。

400日間の断食と服喪を終えてから、ケッツァルコアトルは天空に昇って行った。あまりの速さに地上の木々は倒れ、川の流れは変わり、岩は砕かれ、地球は動いた。夜が明けて太陽が血も涙もない祖母の部屋で姿を表したその時、悪魔たちの地に彼は現れた。パテカトルは眠っていた祖母を見て情け容赦なく殺害し、復讐を遂げた。それによって頑固な宿敵に対する最終的な勝利を太陽に与えた。

地上に戻ると、愛するマヤウエルが眠っている所に、太陽が魔法の光を放ち、正にそこに光がしっかりと留まり、この上なく美しいマゲイ(アガベ)が生えていた。幹からは400枚の葉が出ていて、400匹のうさぎを育てていた。
マヤウエルに永遠の命を与えたトナティウは、彼の英雄のケッツァルコアトルと愛する女神に感謝の捧げ物をしていた。

イラスト5)マヤウエルと400匹のうさぎ–ユーモア Ilustración de Mayahuel y sus 400 conjeos – humor

≪著者プロフィール≫
Eduardo Belaunzarán(エドゥアルド・ベラウンサラン)

メキシコシティ出身。
友人からは”Lalo”という愛称で呼ばれている。
彼の「美食美酒(ワイン)」(”la bonne chère et des bon vin”)への情熱は、20年に及ぶパリ生活の中で育まれた。
今はアメリカ合衆国でメキシコの酒類を輸入している他、アガベ蒸留酒の専門家として活躍、Wahaka Mezcal and Back Alley Imports 社のマネージングパートナーでもある。
メキシコ全土の何世代にも渡って作られている独自で複雑な蒸留酒への情熱と知識を共有することに喜びを感じる。
2018年3月にCRMオフィシャルメスカルアンバサダー就任(2023年2月現在CRMは解体)。
スペイン語のオンライン雑誌である「Gluc」のコラムニストを務め、執筆した数多くの記事小論は英語、ドイツ語、日本語に翻訳されている。
http://mezcaleando.com

松浦芳枝訳