Melly Barajas Cárdenas (メリ・バラハス=カルデナス) テキーラ業界で独自の世界を築いて来た「テキーラの女王」

Vinos y Licores Azteca, S.A. de C.V. 蒸留所(NOM1533)は、メキシコの歴史の根源への強い想いから1999 年に生まれた100%メキシコ資本の会社である。製造工程が工業化されたテキーラ業界では珍しいartesanal (職人芸に基づく)製造への拘りで、100%アガベテキーラを、ロスアルトス地方で栽培される秀逸なアガベを原料として、高い品質と伝統を保持しながら生産活動を展開している。

創業者Mellyの言葉を借りると「女性の感性が織り込まれた」テキーラは、比類ないものとして国際市場で高い評価を受けている。以下、HPの掲載事項を中心に各工程の特徴を記してみよう。

 

アガベの栽培:歴史を育む。蒸留所の近くにある自社畑では、ロスアルトスのミネラルを豊富に含む赤土の中で9年間ほど栽培をする。

 

収穫(jima): 同社ではjimador(ヒマドール)ではなくjimadora(ヒマドーラ・メキシコのスペイン語で収穫をする人と言う意味の女性形)が作業に当たる。重いピニャを扱うことから、2人以上で作業に当たるのが通常の光景である。

加熱:畑の赤土から作ったレンガ製のオーブン(mampostería)で、4分割したピニャを24時間かけて加熱し、アガベの魅力を引き出す。更に24時間かけて冷まして、落ち着かせる。

搾汁:黄金色の蜜がたっぷりついたピニャをローラーミルにかけて、完璧な糖度と温度の芳香を放つモストを得る。なお、このピニャの色と甘さは驚くべきもので、筆者の訪問時にこれまで味わった色々な加熱ピニャとは大きく異なる味に衝撃を覚えた。

蒸留:忍耐強いプロセス。酵母の添加は一切なく、7日ほどかけて自然の作用に任せた発酵を行う。

 

蒸留:ステンレス製のアランビックに銅製のコイルの設備で2回。ヘッドとテールは完全に除去し、ハートだけを使用する。

 

仕上げ:出来上がったテキーラには酸素供給(oxigenation)を行い、ブランコとしてボトリングするものと、樽に入れて熟成させるものとに分ける。エクストラアニェホ用には3年から9年の熟成を行う。

自社ブランドは、1)El Conde Azul (青の伯爵)、2)Espectacular (見事な)及び3)Leyenda de México (メキシコの伝説)である。

 

特徴を示すと、1)名称に相応しい優雅なボトルはイタリア人職人によるデザインで、メキシコ国内で24Kを名称の部分に塗布。繊細さと豪華さが光る仕上がり。2)ブランコ、レポサドとアニェホ入りの小瓶の一体型のデザイン。

 

基本は、ハーブとフルーティー感がありながらも焼いたアガベの心地よいトーンが感じられる、アルテサナル製法に拘った製品である。
3)各ボトルには、メキシコの愛の伝説のモチーフが描かれていて、金粉(24K)入りのブランコから9年熟成のエクストラアニェホまでを揃えた、秀逸なコンセプトに支えられたメキシコを代表するテキーラである。

 

2000年のSan Francisco World Spirits Competitionで、ウイシャリカ(ウイチョル)のビーズ細工を施したスペシャルエディションボトルが「ダブルゴールドメダル」を受賞した。

 

これらに加えて、La Gritona, Sino Tequila, La Quiereなどの銘柄を委託製造している。年間総生産量は12万リットルで、内訳は、自社銘柄が3割、他社からの委託製造が7割である。自社銘柄の99%は輸出で、カリフォルニア州を中心とする米国の他にカナダ、ベルギーが主要な市場である。

 

テキーラ業界での女性の存在は少数ではあるが、今に始まったことではない。

 

歴史の節目節目に登場し、テキーラの歴史を彩ってきた重要な存在であることが文献でも確認されている。直近のデータは入手していないが、2017年の時点で155社の内女性経営者によるものは13社、全体の8%強の比率(CRTが国際的メディアによる照会を受けて公表した数値)であった。

 

数年前から、従来の女性経営者の活躍に加えて、最近では新規参入もあり、メキシコ国内のメディアだけでなくNew York Times, El País (スペイン)、Univisión (米国のスペイン語メディア、Tequila Aficionados (米国のテキーラ関係者・愛好家向けのメディア)、Radio Caracol (コロンビア)など国際的なメディアの注目を浴びるようになった。随所で業界の要たる女性たちとその活躍ぶりが紹介されているが、その中に必ずMellyが含まれている。

 

そして彼女は「テキーラの女王」と呼ばれるようになったのにも理由がある。

 

テキーラ業界で著名な女性経営者の圧倒的多数は、家業(父、夫)を継ぐと言う場合であり、また酒類小売業から転じて業界に参入した女性もいる。いずれの場合も、直接的間接的に業界と関係のある女性の物語である。

Mellyの場合はそうではない。New York Times, El País, BBCなどが詳細に報じているが、事の始まりは次のエピソードに凝縮されている。夏の休暇中に別荘で、ヨーロッパでテキーラの原産地呼称が承認された記事を目にして喜んだ彼女の父親Don Antonioが、一緒にいた娘に自分の名前を冠したテキーラを作って欲しいと頼んだのである。

 

Mellyは敬愛する父親の願いをなんとか叶えようと奔走。
当時彼女は、服飾デザイナーとして工房を経営し、午後の空き時間に保育士をしていた、テキーラとは無縁の若い女性であった。

 

テキーラの知識は皆無のままいくつかの蒸留所の門を叩き、父親へのプレゼントとなるテキーラを製造してもらうことができた。

 

残念ながら登録の関係で、結果的に名称はRaza Aztecaとなり、当初の目的は達成されたが、「ミイラ取りがミイラになる」を地で行く展開が待っていた。テキーラにすっかり魅了されたMellyは、ついに服飾業を畳んで、自らの手でテキーラを作るべく人生での大きなシフトを開始した。

 

 

ロスアルトス地区のバジェ・デ・グアダルーペ村に土地を購入し蒸留所を開設、アガベ畑については、後に近隣に確保するに至った。Mellyのこうした「侵入」に対する業界内の反応として、典型的なmachismo(男らしさを賛美する男優位主義)の拒絶に合いながらも、同時に理解ある男性業界人の助言を得て、研究に励み、試行錯誤を重ねながら徐々に地歩を固めて行った。

 

それから労働力の確保があった。求人を行うも、応募してきたのは女性ばかり。

 

これには現地の社会構造的な事情がある。ロスアルトスは、メキシコ国内でも伝統的に、就労機会を求めて渡米する男性が多い地域であった。また、熱心なカトリック教徒が多く、保守的な価値観が浸透している地域であり、特に当該地のような小さな村では、未婚の女性は男性のいる職場での就労を親が許さないと言う風土であった。

 

「良き娘良き妻良き母」となるような躾が普通であったため、面接の時も、家事以外に自分が何をできるかといった不安と自信の欠如を表情に覗かせる様子が見られた。

 

 

結果的に女性だけを採用し、操業を開始したが、その後採用方針は女性のみにすると言う積極路線に転換した。Mellyが女性同士で働くことの比類ない素晴らしさを体感したからである。現在19人の女性と1人の男性(技師)で全工程をこなしている。

Mellyは、Tequila Aficionadosのインタビューの中で、「男社会」の業界で女性としてのこれまでの経験を振り返り、挑戦に満ちている社会だとしながら、力の面で劣るなど一定の女性側のハンディも、きつい作業を1人ではなくペアでこなすことや、絶えず工夫しながら作業に関与することの重要性を説く。

 

困難に遭遇した時に創意工夫と協力で対処すると言う意味で、挑戦は自己の可能性を高める原動力になる。業界自体に変化をもたらしたかについては、明言を避けながらも、地元の女性を多く雇用することで、一定の社会的貢献ができたとし、同時に、彼女たちの生活と人生観を変えて来たと断言する。

 

 

女性であることが就労面で不利なのだとして諦めずに、逆に女性だからこそできることは何か、効率面で明らかに劣る作業も、そこに些細なことであれ質的な何かを加えて、完成する時間を多く要しても違いを出すことの意義を強調する。

 

畑で栽培されているアガベや発酵槽の中で自然発酵がなされているモストに語りかけたり、歌ったりする。対象とのコミュニケーションを絶やさない作業の姿がある。女性が自分に内在する可能性に気づき、前進するきっかけを得る。

 

共に育つと言う哲学だ。そしてテキーラを作ることは単なるお酒の製造販売ではなく、顧客に対して、かつて神々に奉納されていた飲料にルーツを持つテキーラという飲み物を届けて、その奥の深さに親しんでもらうことが重要であるとし、その実現に向けての努力は、彼女の言葉を借りると「高い空だけが限界」と言う無限の可能性を秘めていると力説する。「テキーラの女王」と呼ばれるに相応しい壮大な発想である。

 

 

Univisiónの特集の中で、カリフォルニアの顧客が、これまでの女子社員の働きぶりに感謝して、現地の店頭で彼女たちの作ったテキーラを手にして欲しいということで、米国に招待した事が語られている。

 

残念ながら、米国政府から訪問ビザを発給してもらえず、インタビューの中で彼女たちは悔しさを言葉に滲ませる。ただ、後日談があって、その報道を見た米国の別の関係者が事態打開に手を貸すことになり、訪問の可能性が復活したが、コロナウイルスの蔓延を前に夢の実現は延期という現状である。

 

 

最後に本稿を纏める機会を与えてくれた人々について記したい。
Casa HerraduraのAlejandro Lomerín氏は、Mellyを業界人になる前から知っている貴重な存在で、多忙な日々の中、筆者の昨年の蒸留所訪問の設定をしてくれた。

 

またMellyと夫君のVíctor Huerta氏には、当日、日本からの最初の実務訪問者を暖かく迎えてもらい、工場内の見学とテキーラの現状と今後に関する有意義な意見交換ができたことを心から感謝している。

 

 

追記
数日前だが、本稿の執筆をほぼ完了した夕刻にVíctor氏から電話を頂戴した。MicroLiquor SPIRIT AWARDS事務局から、看板銘柄のLeyenda de Méxicoのアニェホが、「秀逸な味と自信を持ってお勧めします」として2020年MicroLiquor SPIRIT AWARDSのゴールドメダル、またパッケージのデザインが「秀逸なパッケージデザインと体裁」としてトリプルゴールドメダルを、並びにエクストラアニェホが上記二つのコンセプトでそれぞれトリプルゴールドメダルを受賞したという連絡があったと言う。この吉報を伝えてくれたVíctor氏の声はいつにも増して弾んでいた。

 

解説・テキスト:松浦芳枝

Vinos y Licores Azteca, S.A. de C.V. 蒸留所HP
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